我々は 克服するであろう

ある日老人は深夜に目覚めた。  3時半である。ついさっき床に付いたばかりだ。   眠れない、説明し難い焦燥と圧迫感がある。仕方なくパソコンを開きあれこれ飛んでみた。   すると…



どなたのページであったか、ジョーン・バエズの画像が載っていた。    老人は何気なくクリックして見て、それがかつてベトナム反戦運動の中で歌われた歌である事を知った。  4分程の歌を真っ暗闇の部屋で聞いた。


そうか、こういう歌だったのか。   老人は改めていう必要がない程無学である。(しかし念のため強調する)。  日本語はもとより英語は全く判らないでいる。   当時この歌が良く歌われていたが、そうか、こういう意味であったのかと感慨があった。    聞いていてわれ知らず涙のようなものが湧いてきた。   何の涙かは判らない。  

この間長い時間が流れ多くの人が関わる運動があり、斃れたもの、傷ついた者があり、逡巡と決意があり、挫折と精神の栄光があり、矜持と悔恨があった。いくら言葉を連ねても言い尽くせぬ時間がある。    老人に引きつけて考えてみれば、離脱と恥辱とでも言うべきか。漂流と流離と忘却と無視もあった。


政権交代が起こって当時の理想主義は実現しようとすれば、手の届くところまで来たようである。  この歌を今、新たな感慨で聞く事になるとは思わなかった。  何時の日か………………some day







それぞれが自分の立っているところで務めることしかできない。その総和がより良い社会を作っていくであろうと儚く錯覚するしかない。老人達の人生は残り少ない。  しかし子供たちはこれからの世界を生きる。

子供たちが酷い社会に生きるとしたら老人達の責任だ。


医療事故と内部告発



追記≫ some day では(いくつかの)  (日)になってしまい、幾日間かという意味になるのではないか。ここでは
somedayはいつの日か、何時か  という漠然とした時間でなければならないはずである。英語の知識のない老人にはこういう事さえ判らない。  「我等、克服するであろう、 幾日か」、では迫力がない。「我ら、打ち克つであろう、いつの日にか」であって初めて歌の余韻が伝わる。

しかし、議会を膨張する、という誤変換にも傍聴と相接し、似た感触があるように、「我ら克服するであろう、幾日かは」にも味がある。実現した政権交代は仮のもの、幾日かの夢であるかも知れない。
誰の著作であったかは覚えていないが、民主主義というものは制度ではなく、優れて運動であり、限りなく続く制度と運動の相関によってはじめて機能する、と学んだように思う。


尚、福武書店版、プロシード和英辞典には参考として、somedayは《英》ではsome dayと2語につづる事もある、とされている。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック