天皇の外国訪問

天皇がここ数年続けている一連の戦地慰霊行事の追行としてフイリピンを訪問し、現地の『無名戦士の墓』や日本人兵士の『比島戦没者の碑』などに供花をした。戦争中は仕方がなかったとはいえ多大の迷惑をかけた国であるから、まともな感性があるなら足の運びも重いものに思えたことだろう。 しかし戦後は、(実質はともかく)日本が積極的な戦争加担もしなかったことから今回の訪問では対日感情も随分改善されたように報道されていて、いくらか気が軽く思えたのではないか、と老人は思った。

晩餐会で語った言葉というのが新聞で報道されていた。  それを見ると、

≪この戦争においては、貴国の国内において日米両国間の熾烈な戦闘が行われこのことにより貴国の多くの人が命を失い傷つきました。このことは、私ども日本人が決して忘れてはならないことであり・・・~≫

と語ったようである。  老人は・・・・・・熾烈な戦闘は私のおやじである昭和天皇の名をもって行われ、軍部が私のおやじの不明に付け入って起こしたものであり、・・・・といった文言が付け加えられるのが当然と思って非常な違和感を持った。

現天皇は先の戦争当時子供だったから、戦争に対する責任はない。しかし自分の親父が、丁度現在お隣の国で見られるように白馬に跨って肩を怒らせたり、得意満面で、あるいはやる気満々で閲兵などしていたのだから、まるで自然現象のように 多くの人が命を失い傷つきました
  などと言っているのを聞くと感度が鈍いなと思う。 先の昭和天皇は戦争に積極的に関わり、自分の名前で多くの軍事作戦や政治が執行されて行くのを楽しんでいたのではないか。何しろ当時は現人神であって人間ではなかったのだからその責任も無限大だ。


欧米の人は、過酷な災害や、病苦、迫害、虐殺などがあると、これは神が与えた己への試練であろうか?と自問するという。 つまり神はどんなことにも理由をお示しになると考えるらしい。あまりに酷い迫害や惨状にに答えが見つからないときにも、答えないこともまた神の答えであると苦しむとも聞く。 日本の兵士や市民住民は戦争で多くが犠牲になったが、当時の現人神になぜこういう惨禍を引き起こしたのかと問うことをしなかったようだ。  で、先の天皇はさっさと神から人間に降下して、人間だからなぜ戦争を起こして『多くの人が命を失なったり傷ついたりしたかはわからない』から答えられない、としたようだ。


自分が天皇の後継者になって、全く関与しなかった子供時代の戦争犠牲者を形式的にでも悼むことは、→特に最近の『戦後の平和が貴重なものである』という発言などは、まるでカルト集団のような自民党や日本会議連中の妄言と比べると→およそリベラルの行動や発言かと見紛うばかりだが、原点である親父の責任放棄に触れないままで、何か平和とか慰霊とか言っても根本的不誠実が解消される訳ではあるまい。

誰かがはっきり言っておかなければならないのだろうが、猫の首に鈴をつける鼠の話なのだろうか。
   ま、立場があって、宮内庁などカルトな取り巻きもいることだし、自分からは言えないのかもしれない。  『両国の交流がますます盛んになっていることをうれしく思う』、と天皇が当たり障りのない自画自賛の感想を述べるのは自由だが、日比親善が深まったなどと提灯記事を書く新聞やネットの書き込みには辟易する。
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