香港……6・15.‥……10・8

香港で市民と学生の果敢な運動が続けられている。 1960~70年代に世界中で同時多発的に見られた運動と同じように21世紀の展望を開く事件であるかもしれない。  映像は昔と比べてはるかに早く詳細にネットを通じても流れるようになった。 中国政府の軍事介入を危惧しながらも抗議活動が何処に着地するのか、老人は息をひそめて注視している。    

  香港に栄光あれ 《願榮光歸香港》交響楽団&合唱【英語&日本語字幕]  
https://youtu.be/U4auC9gEXLk

日本にもかつて学生市民労働者が連帯した大きな運動があった。 老人は当時167~17歳で、大きな政治の動きと自分の生活とを結び付けて考えることが全くできずそういう運動があったことも知らなかった。その後高校を中退して本を読み自ら学んで初めて60年安保闘争を、‥‥…例えば次のような詩によっても……知ることによって、その後の航路を
大きく転換することになる。


   つめたい朝   6・15の記憶のために  渡辺武信

   あらゆる記憶が
   告発の形してかやくぼくたちの街で
   ひとつの小さな死の重さを測ることは
   ほとんど無意味だ
   だから ぼくたち測るまい
   記憶の中のきみのまなざしの重さを

   ぼくたちが耐えた時間の重さに
   つに夜明けにむかってくずれはじめた空
   それを見上げるぼくの瞳に
   きみの死はひとつの記憶に過ぎなかったか?
   ぼくたちの傷口は いっせいに
   つっめたい朝の光にうたれ
   血は じょじょに固りはじめていた
    
   たとえば きみのみじかい髪の香りや
    幼い日のひそやかな身ぶり
   を知らない僕が
   泣くほど世界はうつくしくない
   記憶の奥できみの肖像ははげしく溶け
   ぼくの瞳に 熱い風となる
   ぼくは親しい街々の曲り角 あるいは
   ふるさとの低い山々に
   きみのまなざしの跡を見つけだす

   渦巻き燃える夜を映したまま
   閉ざされてしまった瞳の中で
   世界は決して冷えることはない
   街はいつまでも熱くふるえ
   道はしなやかにうねりながら
   空にむかって無数の指を出し
   そして きみが
   最後に吐いた息にくるまれ
   世界は いまでも苦しげにもだえている

   ぼくたちの視線の下で
   歴史は静かに乾ききり
   朝は いつも遠くから
   表の予感を持ってくる

   やはり  こんなつめたい朝のことだろう
   ぼくたちがつかれはてた視線をあげ
   東の地平を滑ってくる最初の光の中に
   きみのかすかなほほえみを読むのは

   手帖 つめたい朝.jpg   クリックで拡大


そしてこの記事を投稿する日が10月8日であることもひとつのメッセージに他ならない。この間にも多くの先進的な学生市民労働者が理想の掲を掲げながら運動を引継いできた。10・8は羽田闘争で京都大学の学生だった山崎博昭さんが亡くなった日である。  

当時集会の最後で歌われたのは決まって インターナショナル      だった。
      

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